(川上村の位置する信濃川上駅)
地方創生の注目舞台
新宿駅から電車を乗り継ぎ約3時間。都会の喧騒から離れて広大な自然と畑が私達を出迎えます。訪問先は、日本一のレタス生産地として名高い長野県南佐久郡川上村。この場所で、私達、NPO法人ZESDAの副代表理事、西尾友宏氏(川上村副村長 兼 政策調整室長)の取組みが地方創生の良好事例として全国的に注目を浴びています。約2年前に農林水産省から派遣された西尾氏は、川上村の現状と課題をどのように捉え、「プロデューサー」として手腕を発揮してきたのか。川上村のキーマンたちとの交流を通じて、地方創生の鍵を探ります。
川上村が所在する信濃川上駅(JR東日本)に降り立った私達一行は、同氏からこれまでの取組みの説明を受けるため、村役場の講堂に移動します。
(講演する西尾氏)
女性のための村づくり
西尾氏が強調する地方創生のキーワードは「女性」です。
「人口減を解決するためには、女性にとって暮らしやすい村づくりをしなければならない」
川上村は、米軍向け食糧供給庫として、朝鮮戦争時に大きくレタスの生産量を伸ばしました。標高が高く、また、都市部から近い立地を強みに、多くの農家が誕生し、1農家あたりの平均年収は、2,500万円を超えて「奇跡の村」と呼ばれるに至りました。一方で、レタス栽培は男性の肉体労働に頼らざるを得ない側面が強く、時代の流れは女性を都市部へと流出させます。女性が減少するに伴い男性の未婚率は上昇し、人口減につながりました。
西尾氏の発想がユニークであったのは、都市部に流出した川上村出身男性の恋人や配偶者に着目した点です。多くの男性が、進学や就職で川上村を後にするものの、家業を継ぐために、いずれは村に戻ってくる傾向にあります。男性の恋人や配偶者にとって、川上村は定住に値する場所か。生活に不満がある女性ほど、子どもが少ない傾向にあることが調査により判明したといいます。暮らしやすさの決め手は、女性が自信を持ちながら生活できるか否かであると、西尾氏は説きます。
(川上村のレタス畑)
「男性がレタス栽培に精を出す一方で、子育て等を通して、女性は多くの他の価値観に触れる生活をしている」
時代は、大量生産から、イノベーション創出に軸足を移しつつあります。西尾氏は、レタス栽培の主要産業としての位置付けを維持しつつ、女性の持つ多感性・多様な経験が、村の一層の活性化を促すと考えました。女性が新たなビジネス等の価値創出に貢献することで自信を持ち、男性と対等に生活できるようになることが、定住につながると信じたのです。
“求む!ビジネスアイデア”
「はじめに着手したのは、ビジネスアイデアコンテストの開催です。」
西尾氏は、農林水産省からの派遣という立場を活用し、政府関係機関や民間企業をスポンサーにつけて、ビジネスアイデアコンテストを開催しました。最優秀賞に輝いたのは、夫が農業を継ぐことを理由に川上村へ移住した女性でした。私達は、西尾氏の取計らいにより、当人の川上知美さんにお会いし、お話をお伺いすることができました。
(ご自身のご経験をお話される川上さん(手前は川上さん開発の「ハーブコーディアル」))
「やるからには、1位を目指すつもりで頑張ると夫に伝えました。」
川上さんは、賞金による事業化も視野に入れながら、練りに練ったビジネスプランを提出しました。プランの作成中は旦那様が言葉少なげに見守ってくれて、その気遣いが嬉しかったと言い、はにかまれました。最優秀賞を獲得したときには、旦那様は驚いた様子で一緒に喜んでくれたといいます。
(KAWAKAMI IDEA FOREST アイデア コンテスト 2017)
プロデューサーとしての支援
川上さんは受賞後、村外で講演する際に、行政や金融機関から十分なサポートが得られず、起業に至ることが出来ないという声を多く聞きました。西尾氏が身近にいて、多分野にわたる助言や、関係機関への橋渡し等をしてくれたからこそ、川上さんは事業を今日展開できるに至ったといいます。
「西尾さんには、商品に必要な白樺の樹液を採取することから手伝ってもらいました」
白樺は地域財産区管理の山林のため、樹液を採取するための許可が得られずに川上さんが困惑する中、西尾氏が管轄の林野保護組合に直接働きかけをしてくれたといいます。また、西尾氏は自身の経歴を活かし、補助金の申請先や申請方法について知識や繋がりを積極的に提供するようにしました。ほかにも、商品の加工先を探す際には、西尾氏が少量発注可能な業者を一緒に探してくれたり、商品の保管場所が不足した際には、他の家庭の冷凍庫を貸してもらえば良いと助言をくれたりしたおかげで、つまずきかける度に安堵し、前進することができたと川上さんは話します。
(行政による支援の可能性を話す西尾さん)
村の意識に変化が…
川上さんは、ビジネスコンテスト後、村内の女性が徐々に自信をつけてきていると感じています。近所の井戸端会議では川上村の今後の在り方といった前向きな話が出てくるようになり、また、自身の事業化に関する講演の際には、中学生も含めて多くの女性が関心を持って参加してくれるようになったといいます。会合の輪は現在も拡大中で、他地域に川上村の取組みについて出張講演する方も現れ始めました。村全体の意識が変わっていく中で、今後、業容拡大に向けて一層頑張りたいと言い、お子様と一緒にお話の場を後にする川上さんの笑顔が印象的でした。
なお、川上村では、育児や家事の負担を地域内の住人で補い合うシェアリングエコノミーシステムを導入しています。子育て等に追われる女性がビジネスを立ち上げるためには周りの手助けが不可欠です。川上村の取組みは、「地方創生加速化交付金の交付対象事業における特徴的な取組事例」にも選定されています。
(川上村の特産品が陳列される「マルシェかわかみ」。女性のアイデア商品も多く並びます。)
西尾氏は、川上村の「魅せ方」に女性目線を取り入れることで、村外の女性が川上村を身近に感じられるようにする工夫も凝らしています。今年2月11日に開催した20~30代女性を対象にした婚活ツアー「Girls insta tour in KAWAKAMI」は、東京の有名シェフやソムリエ、女性向けの広報等を支援する会社等と連携。婚活ツアーを、お洒落な料理やお酒とともに「インスタ映え」した写真でPRすることで、農村の地味なイメージを払拭するように努めました。また、東京ガールズコレクションでは、PRブースを設置し、レタスを使ったアイスクリーム等を使って川上村の魅力を伝えました。川上村には色鮮やかな農作物の他に、名産の唐松を利用した温かみのある校舎等、PRに有用な素材が多くあります。村内の女性に、自らの感性を最大限発揮してもらい、川上村の魅力を積極的に外部発信してもらうことが、村外から女性を呼び寄せるうえで重要であるといえます。
(「ガールズインスタツアー」(KAWAKAMI SMART PROJECT提供))
最新テクノロジーの活用
「女性」に並び、「IoT」も重要なキーワードの1つです。
川上村では、IoTを積極活用することで、農業生産の効率性を高める「スマート農業」を推進しています。企業や大学からの実証実験を積極的に受け入れることで、通常よりも安価でドローンやパワードスーツ等のIoT関連機器の導入が可能になるといいます。外国人研修生も貴重な労働力ですが、農業は収穫時期が限られているため、年間を通しての研修制度にはそぐわない側面があります。今後は、外国人研修生から、IoT活用による作業効率性の向上に生産力の源をシフトさせていくことで、農作業の肉体的負担を軽減し、後継者が就業しやすい労働環境を整備していきます。
(5年後の川上村のイメージ(KAWAKAMI SMART PROJECT提供))
“未来へつなげ”
実は、これらの取組みを行う西尾氏は、もうすぐ出向制度の任期を迎えようとしています。それでも、西尾氏は、自身が去ったあとの川上村について悲観をしていません。
「成果が十分に出てくるためには、10年単位で時間がかかります。それでも、同僚達に「いまのままではいけない」という危機意識を持ってもらえたことが、今後の取組みの継続性に繋がると信じています。」
継続性の鍵を握る西尾氏の同僚、遠藤さんにお会いし、お話をお伺いしました。西尾氏にとって、危機意識を共にする貴重な仲間です。遠藤さんは、自ら農業を営みつつ、西尾氏とともに村役場の業務に励んでいます。今現在、レタス栽培で十分な収入を得ていることを理由にあぐらをかいてはならないと、西尾氏と声を揃えます。天候等によっては、収穫量が激減するのが農業のリスクであるからです。また、植物工場の増加も脅威の1つです。
(前列左が遠藤さん。遠藤さんの畑では、比較的、高価格で販売可能なサニーレタスを栽培。私達も収穫体験をさせて頂き、みずみずしい自然の恵みに舌鼓を打ちました。)
その場で自然を味わえる体験は、単なる農作物販売で終わらない可能性を秘めています。私達の滞在中も、川上村産の野菜たっぷりのバーベキューを楽しみました。新鮮な野菜とお肉を満腹になるまで食べて、一人当たりたったの2,500円(飲み物代込み)です。バーベキュー会場からは、ロッククライマーにとって名所として知られる絶壁をよじ登る勇ましい人々の姿も目に入りました。川上村は農業だけではなく、観光資源も持ち合わせていて、観光地と農業の組合せが、一層の魅力を創造するのではないかと考えさせられました。
(西尾氏とともにバーベキューと絶景を楽しむ)
西尾氏は川上村で、我々の活動理念である「プロデューサーシップ」を実践し、地域の発展に寄与しています。積極的に助言を行い、人と人(組織)との橋渡しを行うことで新たな価値を創造する西尾氏。今回の訪問で、私達も地方創生に一層貢献するべく決意を新たにし、川上村を後にしました。次に訪問するときには、更に進化した川上村を見られることを楽しみに・・・。